もう終わってしまいましたが、、、
滑り込みで行ってきました。
生誕140年ユトリロ展!
もうすぐ消えてしまうかもしれませんが、現時点(2023年12月28日)ではまだ残してくださっているので公式ページを載せますね。
ユトリロ展公式ページhttps://www.artagenda.jp/exhibition/detail/8998
美術館や博物館、好きなのにすっかり縁遠くなってしまって久しいですが、ユトリロ展はどうしても行きたくて。
なんとか滑り込みで間に合って行ってきました。
すごく良かったです!
実はUTRILLO(ユトリロ)については思い入れがあるにも関わらず、恥ずかしながらそんなに知らず。
「白の時代」の人だよね、、、あと確か「アルコール中毒(以下アル中)」に悩まされていたんだっけ。
くらいの知識しかない私でもとても楽しめました。
今回のユトリロ展では、
1.ユトリロがお母さまのことが大好きだったこと
2.そんなユトリロのお母さま(シュザンヌ・ヴァラドン)もまた芸術家であり、なかなかに情熱的で恋多き女性であったらしかったこと
3.ユトリロは、酒場で知り合い仲良くなった自身より3歳年下の男性と母を会わせたところ、2人が恋仲になり結婚までしてしまったこと
を知ることができ、自分の中でのユトリロの世界が深まったように感じました。
幼少期から情熱的なお母さまに代わりおばあ様に育てられ、多感な時期に自分より年下の友人と母が恋仲になり結婚。
3人で住んでいたそうですが、夫婦喧嘩になるとお母さまは仲裁に入ったユトリロ(息子)より友人(お母さまからすると夫)側に立ち、なぜか最終的にはユトリロ(息子)を追い出すということが度々あったようです。
ユトリロの心のうちを考えると、胸が潰れる思いがしました。
母の愛を充分に受けた(と子ども自身が感じる)経験がないと、子の成長に大きな影響を及ぼすのだなぁと深く考えさせられました。
私が小さな頃は、子は親からの愛情を存分に受けて成長するものだと思い込んでいました。
大きくなるにつれ色んな人と知り合い、個人の色んな背景を聞くにつれ、自分が愛してもらって成長できたことは当たり前の出来事ではなく、なんてありがたいことなんだろうと噛みしめるようになりました。
それぞれの母達も、一人の人であり一人の女性であるわけで、充分な愛を注げなかったということはあり得ると思います。
色んな状況や環境がありますから、外野がとやかく言うものではないなとも。
不器用な性格だったり、時代背景であったり、親子の相性もありますし。
母親に代わって祖父母や父親の愛を一身に受けて育ったので母親がいなくても幸せだという人もたくさんいるし、母親がいても愛情を受けたと感じられなかったと思う元子どもだってたくさんいるでしょう。
そういった状況や、早逝なさった等の困難な場合を除いては、母親の愛情というものは良くも悪くも子どもの成長や進路に大きく影響を与えてしまうものなのだなぁ、とユトリロやユトリロのお母さまの絵の説明書きを読みながら感じました。
※これは私の個人的な解釈であり、誰の事も責める気も意図もありません※
アル中になりながらも筆をとることを止めずに絵を書き続けたユトリロ。
胸中はいかばかりであったかと思います。
晩年結婚し、色彩が表出してきた頃に描かれた「クリスマスの花」素敵だと思いました。
今回の「生誕140年ユトリロ展」では、《可愛い聖体拝受者》を始めとして、酒場の《ラパン・アジル》を描いたものはモンマルトルのサン=ヴァンサン通りを含め3点ほどありましたし、《雪のサン=リュスティック通り、モンマルトル》や《クリニャンクールのノートル=ダム教会》など、たくさんの展示があり見ごたえがありました。
本当に、行けて良かったです。
帰りは図録等を購入しました。
年末年始にゆっくり眺めたいと思います。
来年はたくさん美術館や博物館へ行けますように。
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